ついにフィンランドで「サウナデイ」始動。日本にも持ち込めるかは価値観の転換次第!?

ついにフィンランドで「サウナデイ」始動。日本にも持ち込めるかは価値観の転換次第!?

フィンランドでもようやく太陽が地を暖め、雪や氷を溶かし始めた3月半ばの土曜日。小春日和の首都ヘルシンキで、前代未聞の民間サウナイベントが初開催されました。その名も、ヘルシンキ・サウナデイ(Helsinki Sauna Day)。なんとその日一日、「うちのサウナにどなたでも入りに来ていいですよ」と名乗り出た市民の自宅サウナ、アパートメントの共同サウナ、ホテルのラウンジサウナなどに訪問客が自由に出入りして、突撃サウナ浴を楽しめるという、日本人の常識では驚きを隠せない要素がてんこもりのイベントです。

受け入れ可能なサウナは数ヶ月前から公募され、公式サイト上でロケーションやアピールポイント、男女別か混浴か…といった情報が随時公開されていきました。もちろん、それぞれのサウナには収容人数の上限があります。そこで訪問客数を効率よくコントロールするため、ウェブサイトでは時間帯ごとに定員と訪問予約者数が表示され、訪問者は、メールアドレスやFacebookサイト経由でログインすれば、自分が訪問する予定の時間帯を事前にキープできシステムがとられていました。また同時に、そのサウナのオーナーに、予約者のコンタクト先が自動送信されるという仕組みです。当日は、タオルと飲み物、必要なら水着を各自持参で。

それでは実際にどんなサウナが開放されていたのか、どんな雰囲気で他所様のサウナでのおもてなしを受けたのか…実際に訪問することのできたサウナのようすを何件かレポートしたいと思います!ちなみにこの日のサウナ訪問数は私3箇所、夫5箇所…サウナ浴って気持ちはいいけど結構体力も使うので、覚悟していた以上に体力勝負のハードな一日となりました。東京の銭湯めぐりがライフワークだった時代も、さすがに1日に3回も別の風呂屋をハシゴした経験はありませんでしたしね(笑)

その1.アパート住まいの若者カップルがもてなす和やか自家サウナ

ヘルシンキ・サウナデイの発起人でもあるヤーッコ・ブルンベリさんの自宅のバルコニーで、サウナ浴の合間にクールダウンする参加者たち

まず我々が、このイベントの趣旨について理解を深めるインタビューをかねて最初に向かったのが、今回のヘルシンキ・サウナデイの発案者であり主催者の、ヤーッコ・ブルンベリさんの自宅サウナ。普段はサウナとはまったく関係のない自営業を営むヤーッコさんは、見た感じかなりお若そうで、中心街からさほど遠くないエリアの新しいアパートメントにパートナーとお住まいです。彼の自宅サウナは、アパートの自室に設置された標準的なファミリー用サウナで、定員も毎時間ご自身を含めて4人まで。当日の朝に、アパートに入るためのセキュリティコードがメールで送られてきて、予約時間に部屋の呼び鈴を鳴らすと、バスタオル一丁姿のヤーッコさんがドアを開けフレンドリーに出迎えてくれました。キッチンからは、訪問者に振る舞うためにパートナーがせっせと焼いてくれている自家製フォカッチャの良いにおいが漂ってきます。

着替えや荷物置きのためには、彼の寝室をお借りします。もう一人タンペレからこのイベントにやってきた男性を含め、みんな一緒の部屋に通されました。そもそも男女混浴ということで、着替え部屋が別だとかいった考慮もとくにはなし。私は唯一女性なので着替えやシャワーを浴びる順番には自然に配慮してもらいましたが、それでもサウナのなかでは、バスタオルは巻いていたけれども我々ゲスト3人と、ヤーッコさんとで、フィンランドでは決して珍しくない男女混合サウナを楽しみました。サウナのなかではおのおの水やビールを飲みながら、ついさっきまで知らないもの同士とはいえ、和やかな会話によって不思議と徐々に打ち解けていきます。ほてってきたら、ベランダに移動して冬の終わりの涼しい(?)空気で気持ちよくクールダウンしながら、焼きたてのフォカッチャをいただき、ここでもたわいないおしゃべりを続行。そしてまた体が冷えてきたところでサウナ室に戻って…という流れを2,3度繰り返します。

自宅のサウナに招くからには、トータルのおもてなしが不可欠だと感じるのがフィンランド人。ヤーッコさんの家でも、サウナを暖めておいてくれただけでなく、美味しい軽食を用意してくださっていた

ヤーッコさんは、「社交的な君なら立ち上げられる!」という周りのサウナ仲間からの期待と協力を受け、それならばとこのイベントを勢いで形にしてしまったのだそう。フィンランドではこれまでにも、レストランデイ(3ヶ月に1回、出店資格を持たない一般人が自宅や路上で自由に自作料理を販売してよい日)や、クリーニングデイ(年に2回、自宅でいらなくなったものを路上などで自由に販売してよい日)といった、法や外的規制にしばられず市民が生き生きと社交活動をおこなえる、街ぐるみのイベントを民間が興し、自発的にルールやシステムを整えて国内外に認知・定着させてきました。こんなふうに食文化やリサイクル活動がコミュニケーションツールになるなら、我々フィンランド人にとってのもっとも身近で大切なコミュニケーションの場「サウナ」こそ、市民と市民を結びつけ、街やコミュニティを盛り上げるツールになりえるのではないか…というアイデアが出発点になったのだそうです。彼はさっそく企画をVisit Finland(フィンランド政府観光局)に持ち込み、主に広報費にあてるための資金援助を得て、ウェブサイトだけでなくFacebookやInstagramといったSNSツールを活用しながら、サウナ開放者、訪問者双方を広く募るための広報活動に取り組み始めました。

なにせ主催者だけに、終日ひっきりなしに自宅にやって来るメディア対応に大忙しだったヤーッコさん。それでも、いちマイサウナホストとして、我々のような訪問客がいるあいだは必ず一緒にサウナに入り、持ち前の社交性で初対面の相手からも会話を上手く引き出しながら、終始楽しくもてなしてくれました。

その2.眺望抜群!ホテル最上階のラウンジサウナも特別開放

ヘルシンキ中央駅の目と鼻の先にそびえるソコス・ホテル・ヴァークナ。このホテルの最上階にあるというラウンジサウナは、間違いなく絶景が楽しめるはず…!?

さて、次に潜入してきたのは、ヘルシンキ駅前にそびえ立つ大型ホテルSokos Hotel Vaakunaが無料開放していた最上階ラウンジサウナ。今回のサウナデイに参加していたホストは個人だけでなく、このように街のあちこちにあるホテルが運営している展望サウナも、イベントにあわせて特別に無料開放されていたのでした。市民は市内のホテルなんて通常利用しないですし、普段はもちろん利用できるのは宿泊客のみなので、ヘルシンキ市民にとっても、こんな機会でもない限り入ることのできない特別な場所なのですよね。フロントでサウナ利用者であることを伝え、10階のラウンジまで悠々と通してもらいます。

ホテルサウナの魅力は、なんといっても広々とした贅沢なサウナ室や更衣室、そして併設したラウンジや展望バルコニーが利用できることです。ヘルシンキ市内の高層ホテルの場合、最上階にサウナラウンジが設けてあることが多く、サウナ室の窓から、あるいは涼むためにバルコニーに出ると、普段の待ち歩き目線では決して出会えないヘルシンキの素晴らしい眺望を(堂々とバスタオル一枚の出で立ちで)堪能できてしまいます。宿泊客としてホテルに滞在する場合も、ラウンジサウナはぜひとも利用してほしいですね。

クールダウン用のバルコニーは、普段見上げてばかりのヘルシンキ大聖堂や中央駅舎の時計塔が、まさに自分の目線と同じ高さで眺められるとっておきの場所

まさに中心街のど真ん中にあるSokos Hotel Vaakunaのバルコニーからは、ヘルシンキの街並みのシンボルである大聖堂や中央駅舎を等高目線で眺めることができます。併設ラウンジでは、有料でドリンクやおつまみも買い求められますが、自分で持ち込んでもOK。アメニティも充実していて、ホテル客でもないのにラグジュアリー気分を味わえてお得気分!ただ、ここのサウナも混浴だったのですが、10人近く入れる明るくて広々とした空間に、開放感重視でタオルをまかずに入浴しているお客さんも少なくなく(実際、混浴なら恥部を隠さなければならないという暗黙のルールも特にないので)、ここまで明け透けなムードだと、サウナ慣れしているとはいえ日本人として、さすがに落ち着かない感じを受けてしまいました。

その3.デザイナーズ高層マンションのラグジュアリーな共同サウナ

ヘルシンキの湾岸の再開発エリアにできたばかりの高層マンション最上階に、住民が誇らしく思っている絶景共同サウナが。夕陽が落ちてゆく瞬間を眺めながらのサウナ浴は極上のリラックスタイム

続いて、私がこの日最後に訪問したのは、新興ベイエリアに2年前にできた新しい高層マンションにある共同サウナ。どうやらここでは、このマンションの住民の皆さんがホストチームを組んで、最上階に位置するご自慢の共同サウナと多目的ルームにて訪問客を持てなしてくれるようです。メインゲートで待機してくださっていた方にマンション内に通していただき、エレベーターで一気に10階へ。ここからの景色はまた壮観!中心街からは少し離れているので見慣れた名所は見つかりませんが、再開発地域ならではの巨大クレーンがにょきにょきと眼前にそそり立っていて、西側のバルコニーからは夕陽の落ちてゆく海も望め、ヘルシンキにこんなパワフルな風景もあったのかと、知らなかった街の風景に偶然出会えた気分です。普段見ることのできない街の景色や眺めに出会えるのも、このイベントの魅力といえるのではないでしょうか。

さて、実はここはフィンランドでもなかなかお目にかかることのできない、憧れのデザイナーズマンション。「サウナに入る前や後に自由にくつろいでいってください!」とまず通された、普段は住民が自由に使える多目的ルームは、スタイリッシュな薪ストーブに火が焚かれ、家具もランプも見渡す限り有名デザイナーの名品ばかり。モデルルームさながらのパーフェクトなインテリアです。キッチンスペースには、住民のご厚意で飲み物だけでなく果物やクッキー、チーズなど軽食もたくさん用意してくださっていました。

サウナ室の横に設けられたおしゃれな多目的ルームは、普段は住民がパーティを開いたり、ちょっとくつろぐためにも使うのだそう。集合住宅なのに、奥にはゲスト用ベッドルームまであってびっくり

気になるサウナ室は、男女別で各部屋最大12人まで収容可能な、まだ新しい木材の香りが楽しめるモダンサウナ空間。訪問予約も殺到していたようで、あっという間に満室になっていました。天井にはLEDの豆電球が埋め込んであってとってもムーディ、何よりサウナ室の片側の窓からの眺望は素晴らしく、一緒に入っていたおばあさんは「これは天空のサウナね」とうっとりされています。シャワー室からはバルコニーにも出られるだけでなく、ガラス張りで観葉植物がたくさん茂ったクールダウン用の特別空間も隣接していて、とにかく豪華絢爛、そして快適の一言!こんな素敵な共同サウナや多目的ルームをもったマンションライフ、やっぱり憧れてしまいますねえ。

サウナ浴後に少し住民の皆さんにお話を聞かせていただいたのですが、まだできてまもないマンションとはいえ、デザインやアートへの関心が高い方たちばかりということもあって、住民同士がとっても仲良し。最近は手工芸クラブが発足したりと、フィンランドの集合住宅ではやや珍しいコミュニティ活動も活発なのだとか。今回のサウナデイの話を聞いたとき、ぜひこの自慢のサウナを多くの人に楽しんでもらいたい、と共同でエントリーしたのだそうです。自分たちのサウナ愛とおもてなし精神に満ち溢れていて終始とても居心地の良いサウナ訪問でした。

 

サウナデイ・イベントは、いつか日本でも開催できる…?

サウナは、コミュニケーションの場でもあり、プライバシーも守られなければならないデリケートな場所。他人と一緒に楽しむためには、互いへの配慮や自分自身のはっきりした意思表示が大切

さて、このように3つの異なるタイプのサウナをレポートしてきましたが、少しはイベントのリアルな雰囲気が伝わったでしょうか。過去のコラムでもお話したように、フィンランド人たちにとって自分の家のサウナは、「おもてなし」の場所という意味合いを強く持っています。地域によってはかつて、ご近所さんだけでなく、なんらかの事情でその村に迷い込んできた人であってもいつでも快く自分のサウナに迎え入れられるよう、自家サウナは常に温めておく風習もあったと言います。今日のフィンランド人にとってのサウナ文化は、形式だけ見れば日本人のお風呂文化にとても近いと言えるでしょう。多くの人が家庭に自家サウナを持っていて、街に出れば銭湯ならぬ公衆サウナやサウナつきスパリゾートがあって、大自然のなかで贅沢に満喫できる温泉の代わりに湖畔のコテージサウナがあって。毎日ではなくとも温浴習慣があり、そしてサウナ浴はもちろん裸で…。とても親近感のわく生活文化です。とはいえ、この新しい街ぐるみのイベントの概念やスタイルを、そのまま日本の都市文化に持ち込めるかといえば、ギャップやカルチャーショックを感じて臆してしまう人のほうが多いのではないでしょうか。

似たような入浴文化を持っているにもかかわらず、カルチャーショックを感じてしまう背景にあるのは、「無防備な姿(裸)での対面やコミュニケーション」をどこまで抵抗なく受け入れられるか、という点での価値観の違いが大きそうです。サウナデイの公式サイトでは、サウナ文化初心者のためにフィンランドサウナでの常識10か条が掲げられていたのですが、そこでは「フィンランドサウナは、たとえ裸になるとはいえ、決してセクシュアルな事象や感情と結びつくことはないし、男女混浴も普通にありえること」と明言されています。もちろん日本でも、銭湯のように完全に男女別であれば問題なく受け入れられる人も多いと思いますが、男女混合でとなると、水着やバスタオルを巻いた姿でも密室空間に異性がいることに抵抗を感じたり、いやらしい目を気にしてしまったり…と、とても入浴を楽しむどころではなくなる人もいるでしょう。サウナはリラックスやリフレッシュが目的であり、おのおのが究極の自然体でコミュニケーションを楽しむ場所である、と割り切れる価値観と、互いへの信頼感がなければ、やはり現地でこのイベントを心から楽しむのは少し難しいのかなと感じました。とはいえ、フィンランド人は個々の感情や意見をフレキシブルに尊重することができる民族でもあるので、周りがみんな脱いでいるから真似しなければならない、といった個人的な我慢をする必要はまったくありません。自分にとっての快・不快をきちんと意思表示して理解を得ることも大切ですし、他人の意思に耳を傾けることも必要です。臨機応変に、その場に集った誰もが純粋にサウナを楽しめる環境づくりに協力する、という意識あってこそ、このようなデリケートなイベントが成立するのかなと思います。

国内の有名なガラス吹き職人のティモ・マルティカイネンさん(写真右)は熱狂的なサウナファンとしても有名で、サウナデイには街の病院の庭に自前のテントサウナを建て、訪問客を迎えた。必ずしも自宅に招かなくとも、このような特別公共サウナを作って参加するのもひとつの方法

そしてもう1点は、赤の他人に住所をあかしたり、自宅に招き入れることが可能か…という問題でしょうか。フィンランドでは、おそらく社会の成熟度の高さや治安の良さもあり、プライバシーに関わる情報を一般公開したり、知らない人をマンションや自宅に呼び込んだり…といった行為に抵抗感の少ない人が珍しくありません。けれど、日本ではこういった感覚を無理なく受け入れられる人は少数派なはずです。こうした社会背景の違いからも、今後日本にもこのサウナイベントを広めて行けるかと言えば、昨今日本でも浸透しつつあるレストランデイやクリーニングデイと比べてもハードルが高すぎるといわざるを得ません。

ともあれ、今回のヘルシンキ・サウナデイでは、首都圏を中心に計56箇所ものサウナが開放され(なんとドイツでも趣旨に賛同して同日に一般開放されたサウナがあったとか!)、これといったトラブル事例は報告されていません。動員数もなかなかのものだったので、実はすでに今秋第2回が開かれることも決定しています。おそらく次回は、ヘルシンキという枠組みがはずされ、今回の評判を聞いて面白いと感じたより他都市、他国のサウナ愛好家たちが参加を表明することでしょう。個人的には入浴大国日本でもぜひこのイベントが広まってほしい(サウナ浴を拡大解釈してお風呂も含めたっていいはず!)と願う反面、なかなか個人レベルで自家風呂やサウナを開放するのは難しいという事情も理解できます。だからこそまずはぜひ、サウナのあるスパやお風呂屋さんなど温浴公共施設を中心に、「この日は誰でもうちのサウナ/お風呂に入りに来て!」と名乗り出てイベントに加盟していってくれたらなあと、期待したいと思います!