柳は家内喜(やなぎ)
いにしえより春夏秋冬の移ろいに自然の美しさ、ありがたさ、そして自然に宿る生命の大切さを感じ神聖化してきたのが日本人である。季節の変わり目には、目には見えない神を敬い、邪気を払う行事が各地でおこなわれてきた。節分の豆まきもそのひとつ。「続日本記」に記されている、慶雲3年(706)宮中でおこなわれた追儺の儀式でおこなわれたのがはじめてのようである。やがて庶民にも広まり現在の形になっている。
「魔の目に豆をぶつけて魔を滅する」目に見えない隠れた厄を「隠人(おんにん)」(鬼とよばれるようになったともいわれている)に向かって豆をまく。丑寅の方角が鬼門とされ、そのためか鬼は牛の角、虎の牙、虎皮のふんどし姿をしている。鬼の目を射ってつぶさなければ、厄は逃げていかない。生の豆ではなく、炒った(射った)豆でなければならない。生の豆では、拾い忘れた豆から芽(目)が出てきてしまい、せっかくつぶした目がでてしまうため縁起が悪いというわけである。
昔から魔除けや鬼門封じには柳の木が使われ、邪気を払う神聖な木とされていた。太田道灌が江戸城築城の際、鬼門となる神田川堤一帯に多くの柳を植えことにより、その後の江戸八百八町の繁栄につながったといわれている。また春一番に新芽を出す柳の木では「祝箸」がつくられている。正月や祝いの席で使われる両端が削られた丸い箸は、片方が神様、もう片方が人、食べ物を神様と一緒にいただくという「神人共食」の精神からつくられた神聖なものである。柳はヨーロッパでも神聖な木とされ、アイルランドでは神聖な楽器であるハープの素材となり、吟遊詩人が弾き語りに使っていた。
「家内喜(やなぎ)」とも書かれることのある柳は、字のとおりおめでたい木でもある。薪としては、少々虫がつきやすいが燃えは良好。季節の変わり目、まだまだ暖炉、薪ストーブシーズン真っ盛りである。来シーズンのための虫がつきにくい冬伐りの木を集めるのもいいかもしれない。斧を入れると木の香がただよい、生命の活動を感じ、自然のありがたさを感じるかもしれません。
斧入れて 香におどろくや 冬木立 (与謝蕪村)
著者紹介 著者:岩崎秀明 株式会社メトスが誇る、炎の伝道士。 豊富な知識とこだわりを持って、暖炉および薪ストーブの普及に励んでいる。 |